ケンチク者

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安藤忠雄の建築について思うこと&都市開発 ちょっと批判的編
お気に入りのblog、プッチコの「Happy Sad」“芸術作品としての家”という安藤忠雄設計の小篠邸(1979、兵庫県芦屋市)と都市計画についてのエントリがあったので、マジレスしたくなってしまいました(笑)

最初コメント書こうと思ったらコメント欄のヤツに「長すぎるっ」て怒られたので、エントリにしました(笑)
まずは上記エントリをご参照下さい。
小篠邸に限らず安藤忠雄の設計した住宅は100%住み難いでしょう。
コンクリート打ち放しだからとか、断熱材が入っていないから、と言うだけでなく、空間的にストイックすぎるのも原因だと思うのです。
ストイックすぎて、余裕がないと感じるのです。
安藤の住宅建築は、「人が生活する」と言うきわめて基本的な観点に立って作られているとは、俺には思えないのです。
小篠邸に限らず、住吉の長屋(1975、大阪)なども同様だと思っています。
なので、それを覚悟で「芸術に住むのだ!」と言う人以外にはお奨めできません。
アーティストにはナニか得るモノや、インスピレーションが湧く空間なんだろうとは思うし。

安藤の建築は、建築という形態を採ったアートと言っても間違いではないです。
今までに20近い数の安藤建築(美術館や博物館、商業施設など)を見て回ったおかげで、一つわかったことがあります。
それは、安藤の建築の中では自分以外の人間がそこにいると、それを異物として認識してしまうという事です。
人がうろうろしてると邪魔でしょうがないのです。
それと同じコンセプトで住宅も造られているので、居間などで家族でくつろぐと言う風景を拒絶する家だと言えると思います。
生活臭を嫌うというか。
現実に、六甲の集合住宅などでは住んでいる人はほとんど居らず、事務所ばっかりだと言うし、その事務所として使っている俺の知人も「使いにくい!」と言っております。

ついでに俺が見てきた安藤建築(公共建築ね)をいくつか載っけておこう。

光の教会は大阪にある教会。
有名ナンで知ってる人も多いと思う。
十字のスリットから光が入ってくるのがコンセプト。
写真で見ると凄く光って見えるけど、実際はただの窓ですから!
外に電線とか、家並みとか普通に見えますから!
写真に撮らない限り、光って見えません。


直島のコンテンポラリーアートミュージアムも素晴らしい空間なのは間違いない。
ここでは、空間が素晴らしすぎて、展示してある作品が空間に負けてる、という妙な現象が起きています(笑)
この写真は、地下に掘られた円筒形のヴォイドの底に設置されている「100生きて死ね」という作品ですが、このアングルは結構絵になってるんだけど、作品が四角いため、円形の空間では見えなくてイイ裏側が丸見えで、格好悪い。
展示ホール全般に言えるのですが、人がいると邪魔くさい。


商業施設も「成功しているとは言えない」(安藤本人談)どころか、ほとんど廃墟です。
京都三条のTIMESなどはあんなに立地がイイ(三条通の高瀬川沿いの角地という凄く目立つ場所)というのに、通りに面した店舗以外、テナントは入っていないのです。
何故かというと、京都の路地空間を意識したという迷路のごとき空間構成にあります。
目的の店にたどり着けないのです(笑)
ケンチク者的にはウロウロするの楽しいですが、一般消費者にもそれを求めるのは無理というもの。
案内図があってもたどり着けないんじゃねぇ。


ただし、安藤の建築が素晴らしい空間を構成している、と言うことだけは間違いないことなのです。
あくまでも、空間の話です。
生活の話ではありません。
商業的成功を収めているかどうかも別です。

でもねぇ、やっぱり住宅は人が住み、生活するものだから、安藤の言う「闘う家」と言うコンセプトはちょっとどうかなぁと思うわけです。
特に俺は、アアルトや吉村順三の住宅が好きなんでねぇ。
まさに正反対なんだよなぁ。
木の家がイイよ、木の家が。

都市計画はもっと難しい。
プッチコが書いているように街全体の調和と優しさ、これは非常に重要だと思います。
日本の首都圏でそれを求めるのは今や不可能に近いと思いますが。
東京はもう無秩序でしかないから。

俺の考えるところ、原因は3つある。
1,明治維新による西洋文化の流入
2,関東大震災
3,東京大空襲と無条件降伏後の戦後復興

この3つのおかげで、東京という街はリセットを繰り返してしまった訳です。
もう一つ上げると、バブル崩壊ってのもあるな。
せっかくリセットされたのに、無秩序にそれぞれの場所で散発的に資本主義の理論(いわゆる経済効率というヤツだ)で開発されてしまったため、全体を統括するようなマスタープランが全く作られなかったのですね。
一番最近では汐留の再開発とか、六本木ヒルズとか。
町全体のことは考えてないから。
あくまでも、そのエリアのことのみ。
あれを都市開発と言ったら間違いだと思う。

あと、近代化という名の西洋化(←これが重要)も大きい。
日本人なのに、日本の文化を捨てちゃった事も大きな原因の一つ。
捨てたわけではなくとも、受け入れちゃった。
京都のような文化都市でさえ、次々と築100年以上の京町屋が壊されて文化的に無意味なマンションが続々建ってるし、いくら条例で規制を掛けても、資本主義(経済効率)の方が強いのですよ。
倉敷や川越など、一部の地域ではで古民家を移築再生したり、古い街並み景観を残そうという官民一体となった活動がされているけれど、まだまだ一般的ではないし、もう無くなったものを復活させることはとても難しい。
それでも残そうとしているだけマシか。

ロンドンとか、ドイツとか、ヨーロッパでは、古い調和の取れた街並みを保ってるじゃないですか。
戦災に逢わなかったことと、地震がないこと、革命は起きても自国の文化を捨てることがなかった(自国の文化に誇りを持っているとも言う)ことが保っている理由でもあると思うのです。

ホントは本が書けるくらい長くできるよ〜(涙)
ただし、あくまでも俺の個人的な見解だから、違う事言う人もいると思うけれど、ご容赦下さい。
| kissh | 建築 | 12:28 | comments(18) | trackbacks(1) |
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ねずみをコンクリの箱と木の箱に入れたところ、コンクリの箱に入れた方が早く死んでしまったという話を聞いて以来、コンクリの家には絶対住みたくないと思ってます。
実家は伝統的な木造建築、今の家は鉄筋コンクリート。
冬は圧倒的に後者の方が暖かい。
そのせいで最近はコンクリもいいかもしれないと思ってます。
ま、木造でも暖かい家なら文句ないのですが。

東京の景観に関しては、日本人にとってみればごった煮で調和が取れていないと思っているのに、諸外国の人から見ればそのごった煮の部分こそが「近未来都市トーキョー」として映るのが面白いところだなぁと。
どこの都市でもそうかもしれませんが、そこに住まう人と訪れる人とのギャップは何かしらあるでしょうね。
| yogichogi | 2005/02/14 4:15 PM |
実は、以前努めていた会社の建物は、某有名建築家さんの作でした。平面的に言うと直角三角形の形のフロアだったんですよね。
建築雑誌にも何度も載りましたし、学生さんや建築家の皆さんが見学にも訪れていましたね。

中で働く人の意見は・・・三角形は使いづらい(笑)
机とかが綺麗に並べられずに、凄く無駄なスペースが出来てしまっていました。
数年後にその建築家の方と話す機会があったんで、思い切ってその無駄スペースの話をしてみました。
すると先生、“狙い通り”との返事。
三角形にすると、どうしても無駄なスペースが出来る。
そのスペースがゆとりを生んで、そのスペースが利用する人の余裕に繋がる・・・との狙いだったそうです。

うーん。
ゆとりと言うより、使いづらいんですが(笑)

機能美と言う言葉が大好きなんです。
使う目的を絞って贅肉を削いだ物は美しいと。
同じように、目的あっての建築物だと思うんですよね。
その建築物が、芸術の作品なら別なんですけどね・・・。
| kawakero | 2005/02/14 6:23 PM |
大阪の広告制作会社で働いていた事があるんですが、
そこの社長が安藤さんのファンで、必死に頼み込んで
社屋を設計してもらいました。

社長プレゼンの際、全て部下にまかせて安藤さんは
週刊誌を読んでいた・・・という伝説があります。

車で言うとフェラーリみたいなもんで
彼のデザインに実用性を求めちゃいけないんでしょうね。
| hirox | 2005/02/15 12:35 AM |
皆様コメントどうもです。
今度、安藤建築のここがイイ!編も書きます。

yogichogi様>>
yogiさんち、マンションじゃなかったっけ?
マンションと戸建ての打ち放しコンクリートを比べちゃダメです。
マンションの場合は上下左右の部屋がある場合、その部屋が断熱材代わりになるので、暖かいのです。
ただし、妻側(端っこね)と最上階などはかなりコンクリートの影響をもろに受けます。
あと、yogiさんは富山で豪雪地帯なので、最初から外断熱とか、壁やスラブのコンクリートが厚めに打たれているかもしれません。
戸建てで打ち放しコンクリートで、断熱材がない場合、冬はどんなに暖房入れてもなかなか暖まらないはず。
床暖入ってるとかなり違うんだけどね。
木造は暖かくできます。
ご実家だって、ちゃんと断熱材入れて改修したら、暖かくなるはずです。

東京の景観は、仰るように外国人が見ると「カオスで素晴らしい!」とか言うらしいです。
俺は、古い街並みが残された伝統的な風景の方が好きですけどね。
東京は、便利だし面白いかもしれないけれど、無計画過ぎるなぁと。

kawakero様>>
某有名建築家が誰か気になるなぁ(笑)
三角形はホントに使いにくい。
それを狙い通りとか言うのは建築家の傲りではないかと。
俺はやっぱり使いやすく、住みやすい事を優先させたい。
無駄がゆとりを生むなんて事は無いに等しい。
住んだり使ったりしたことがないくせに、机上の論理だけで言ってるに違いない。

機能的すぎるのもどうかとは思うけれど、目的に添った形というのはあると思います。
建築は芸術じゃないので、やはり使い手の目線にたたないとダメじゃないかな〜。

hirox様>>
はじめまして。
安藤さんはプレゼンを部下に任せるような人じゃないんだけどなぁ。
自分で話して、反対されようがなんだろうが、施主を自分のプランに引きつけないと、気がすまないタイプの人です(笑)
なので、週刊誌読んでたってのはちょっと信じられない。
大阪ですか。Sビルとかかな?
どこのことだろうか。気になる。

安藤さんは建築家という名のアーティストですから(笑)
実用性より、自身のアート作品をどう作るかなのかなぁ・・・。
| kissh | 2005/02/15 11:33 AM |
kisshさんに言われて気付きましたが、うちはマンションで両側に部屋があるので暖かいはずですよねぇ。
雪国仕様なのか、窓も2重になってるのでそれも暖かい要因なのかも。
kisshさんの建築に関する考え方とか、「実用性より、自身のアート作品をどう作るかなのか」というコメントを読んでいて、デザイン業界でも似たような部分があります。
自分のとこでも今度これに関してエントリにしてみようと思います。
| yogichogi | 2005/02/15 1:30 PM |
>大阪ですか。Sビルとかかな?
>どこのことだろうか。気になる。

ビンゴです。
http://www.c-seas.co.jp/guide/index.html#
| hirox | 2005/02/15 4:26 PM |
よしおのうちは
店舗兼住宅なので、
店舗につながる一階の台所部分が土間。
さらになぜか二階に上がる階段が二つ。
故、片方の階段から二階に上がり、
反対側の階段から下りると
「靴がない!!」
という、プチからくり屋敷気分を味わうことが
できます。


・・みんな、ケンチク的なコメントできてすごいなぁ。
| よしお | 2005/02/15 5:17 PM |
yogichogi様>>
やはりそうでしたか。
両側に部屋があって二重サッシなら、マンションだって暖かさはキープできるのです。

実用性一辺倒もどうかとは思うんですよ。
それだとただの四角い箱がベストになってしまうので。
クライアントの要望を聞いた上で、それ+αをデザインとしてどう表現できるかと、予算とのとんでもない駆け引きが一番苦労するところナンじゃないかなー。
グラフィックも同じようなところで苦労しますよね。
そこがアーティストとデザイナーの大きく違うところ。
エントリ楽しみにしてます。

hirox様>>
当たってしまいましたか(爆)
安藤さんの全仕事データが手元にあるモノですから、大阪の事務所ビルを探したらこれだったので。
安藤さんの割には普通なビルなんだなぁ、これ(笑)

よしお様>>
あるある、そういう家。
動線は上手に整理してやらないとそういうことになっちゃうのよ。
匠に頼んで直してもらうとスッキリするかも!
どんでん返しや、隠し通路はないの?(笑)

たまたまデザイン業界関係者が集まってるだけだと思われ。
何故だろうね?不思議。
| kissh | 2005/02/15 5:50 PM |
すみません、ドシロウト登場です。

でも、フムフムと読ませていただきました。
絵画とかデザインとか好きなので、勿論、こういう建築を見るのは好きなのです。
あの日曜朝の御宅訪問番組も、見始めたら止まんないし(笑)。

冗談はさておき、僕は門外漢なのでひょっとしたらとんちんかんな意見かもしれないですけど、頼む人も、頼まれる人も、分って造ってるのかな〜、という気がしました。
需要と供給で完結してるという。

なんでもそうですけど、芸術と実用性って、そのバランスが難しいですよね。
あとはソレを使う人のニーズになるんだろうけども。


よくオシャレな家が紹介されてたりして「いいな〜」とか思うけど、やっぱり畳にコタツがじゃないと冬が越せない体になってるんで(笑)、僕はオサレにはなれないかも。
なってみたいんだけどな〜。
でも、ユカにゴロってなれる気持ちよさって、素晴らしいと思うんですけどね。
フローリングじゃ気軽にそうもいかないし。
ホコリが目立つし(笑)。

場違いな意見じゃなければ良かったのですが。
| キタガワ | 2005/02/15 6:14 PM |
昨晩書いたけど送れなかったようで再度書いてみます。

「これが芸術。」っていっちゃうと「そうか・・・。」と思ってしまう部分もあるし。
(そういう点では「芸術」は便利な言葉)
でも使いにくいんじゃあなぁ。
「芸術」てしての空間が許容される場所ならいいんでしょうけどね。
家とか職場であるならやっぱり使いやすさを優先してほしい。
| rockanddance | 2005/02/15 6:35 PM |
どんでん返し・・・。
あるよ。マジで。
| よしお | 2005/02/15 11:54 PM |
キタガワ様>>
ド素人、ノープロブレムです(笑)
日曜朝の番組って「渡辺篤の建物探訪」のことかな。
東京では土曜日朝なんだよ〜。

頼む人も頼まれる人も、解って作ってるんだけど、勘違いしてるんだと思われます。
特に頼まれる側。
kawakeroさんのコメントにあったように、狙い通りっていうけど、大勘違いなのに気付いてないのか、気付く気がないのか。
勘違い建築家はダメです。
芸術とデザインと実用性の境界線はホントに難しい。
どうしたらいいか俺もわかんない。

オサレな家で、見栄えに偏ってると、一生住むことができる家にはならないので、注意が必要。
畳があるとか、無いとかとは別に、今流行っているような狭小住宅はハッキリ言って、長く住める家ではないと思っています。

フローリングはホコリ目立つけど、カーペットだって、畳だって同じなんですよ。目立たないだけで、凄いんですから。

場違いじゃないから大丈夫。

rockanddance様>>
書き込めてなかったみたいですね。
JUGEMが悪いので、ご勘弁下さい。

芸術って、どんなものでも作った人が芸術だっていったら芸術になってしまうと言う恐ろしいジャンルでして(笑)
建築空間に関して言えば、芸術性より実用性。
だけど、建築家のデザイン性は求められるのですよ。
使いやすくてナンボで、かつそこにどれだけデザイン的な付加を与えられるかが勝負というか、建築家の個性というか、だろうと。
俺は使いやすさ優先です。
でもデザイン的な要素も加えたい。
あとは予算的にどこまでできるか。
難しい。

ちなみに、芸術家とデザイナーの一番大きな違いは、芸術家は作りたい物を予算関係無しに作れることで、デザイナーはクライアントと予算があって始めて成立する世界という点じゃないかな・・・。

よしお>>
え。
マジであるんだ。
スゲー(笑)
楽しそうだー!
| kissh | 2005/02/16 12:16 AM |
うーむ、やはりプロは一味いや、格段にちがう(笑)
こうして書いて頂けただけでも
私の前振りのし甲斐があったというものです。

美しい街並みを保つには住民の誇りとプライド、
これが絶対必要なんですね。

| プチコ | 2005/02/16 5:28 PM |
プチコ様>>
格段になんて、そんな大層なモンじゃないですが(笑)
あくまで俺なりの考え方なんで、正しいかどうかは別ですが、お楽しみ頂けたなら幸い。
前振りいただいたおかげで、エントリ一本にやたら時間がかかった(爆)

敗戦国というもの凄いコンプレックスの中で、産めよ増やせよ、戦後復興近代化推進、と言う中で、本来の日本人としてのアイデンティティや文化に誇りを持ちきれなくなってしまったのかなと。
流入してきた西洋文化に迎合しちゃったのかなと。
無くしてから戻そうと思ってももう遅かったぞと。

誇りとプライドは大事だぞと。
| kissh | 2005/02/17 12:31 AM |

超高速で激しく同意!!

戦後の占領政策の恐ろしさや、それに気づかない(気づかさせない)人々、経済成長のみに目標を掲げてきたこの国の結果が今の全てに表れていると思います。
そこらへん、色々読んで、色々腹にはたまってるんですけどね。
でも全部書いちゃうと、とんでもない論文になっちゃうから(笑)、書きませんけど。
話はずれますが、日本の占領政策の成功をイラクに当てはめたアメリカは軽率だったと思います。

本当の意味での戦後は、まだ始まってないと思っています。。
| キタガワ | 2005/02/18 1:15 AM |
キタガワ様>>
でしょ?
そのトンでもない論文読みたいから書いて(笑)

でもね、イラクあたりでの戦後復興では日本のような近代化=西洋化はあり得ない。
イスラム文化はもの凄く強いし、自国の文化に誇りを持ってるから。
アメリカはバカだけどね。

日本って、どうしてこうなってしまったのでしょうか。
本当の意味での戦後、日本を元の姿に戻す事なのかな。
もの凄く難しい。
できる限りのことはしたいけど。
| kissh | 2005/02/18 7:09 PM |
東京に限っていえば都電がなくなり、首都高ができ、ライトの帝国ホテルがなくなり、東京海上のビルができたあたりから景観が悪くなったと思います。いまや丸の内から東京駅をみるスカイラインは無残というしかありません。
| おのま@カナダ | 2011/04/15 2:42 AM |
WEB上で偶然拝読させていただきました

自分も安藤さんの建築は「すごい」「かっこいい」と思いますが、実用性がないというのは皆感じていることなのでしょうね
いろいろなことを諦めないといけないですからね(笑
「安藤建築」ということ自体に全ての価値がおけるかにかかってきますね

あと個人的には安藤建築に2点のことが気になっています
 ̄覆輝くコンセプトなのか
安藤建築は20〜30年たっても輝くものだと思えないのです
直島のホテルも美術館も今見ると正直輝いていない
奇をてらったような奇抜さはありますが

▲灰鵐リート打ちっぱなしの隔世感
安藤さんの作品が斬新だったため、約25年前にありとあらゆる商業建築や個人住宅で打ちっぱなしが大流行し、当時「最先端」の手法になっていました
従って、現在そうした打ちっぱなしの建物を見ると単純に「古い」「ダサい」感じがします
しかし、安藤さんは本家であり(実はそれ以前からありましたが、有名にした)それが真髄であるため、今もそこにこだわり続けています
それが何か微妙に感じるのです

ミース・ファンデルローエの全面ガラス張りなどは今でも輝きを失っていません
それなりの実用性、居住性もあります
それとの違いが何なのか
自分には結論が出ていません
| わたる | 2013/06/10 11:44 AM |









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芸術作品としての家
建築家安藤忠雄が作った作品として有名なコシノヒロコ邸(1981) コンクリート打ちっぱなしの建築物を作る人で、そのルックスはとても美しいのです。 コシノ邸は何度もメディアに取り上げられているのですが、その度にコシノさんが言うセリフ。 「冬はとても寒く住み
| happy sad | 2005/02/16 5:24 PM |
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